大阪地方裁判所 平成8年(ワ)5189号 判決 2000年9月26日
原告
大洋化学株式会社
右代表者代表取締役
【A】
右訴訟代理人弁護士
播磨幸夫
被告
電元オートメーション株式会社
右代表者代表取締役
【B】
右訴訟代理人弁護士
大崎康博
右訴訟復代理人弁護士
三木祥史
主文
一 被告は、原告に対し、金八一七四万五九九三円及び内金六三五万八一五四円については平成六年四月一日から、内金九四三万六五六〇円については平成七年四月一日から、内金一九〇五万一二四五円については平成八年四月一日から、内金二三九三万一六〇〇円については平成九年四月一日から、内金二二九六万七四三四円については平成一〇年四月一日から、それぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
事実及び理由は、別紙事実及び理由記載のとおりである。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 阿多麻子 裁判官 安永武央)
別紙
事実及び理由
第1請求
被告は、原告に対し、金4億1838万2253円及び内金2543万5828円については平成6年4月1日から、内金3774万6240円については平成7年4月1日から、内金7620万8475円については平成8年4月1日から、内金9573万0250円については平成9年4月1日から、内金9163万0730円については平成10年4月1日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
(争いのない事実等)
1 原告は、次の特許権を有していた(以下「本件特許権」という。)。
特許番号 第1576735号
発明の名称 自動麻雀卓における牌の移載・上昇装置
出願日 昭和53年3月28日
(特願昭58-33176号)
特願昭53-34885号の分割
出願公告日 平成元年10月6日
(特公平1-46157号)
登録日 平成2年8月24日
なお、本件特許権の登録当時の特許権者は、【C】であったが、同人は、平成5年3月29日、勝川株式会社に対し、同社は、同年5月28日、原告に対し、それぞれ、本件特許権を譲渡し、同年10月18日、原告へ本件特許権が移転した旨の登録がなされた(甲2)。
また、本件特許権は、平成10年3月28日の経過により、存続期間が満了した。
2 本件特許権の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)に記載された特許請求の範囲の記載は、本判決別添特許公報の該当欄記載のとおりである(以下その発明を「本件発明」という。)。
3 本件発明は、次のとおり分説するのが相当である。
A 下降位置にあるパレットに、待機台上に2段積みされた牌を押板により移載し、更に該2段積みされた牌が載置されたパレットを天板に整列するように上昇してなる自動麻雀卓における牌の移載・上昇装置において、
B 押板を横方向往復動自在に支持すると共に、単回転機構に連動しているクランク機構に連結し、
C またパレットを上下方向往復動自在に支持すると共に、半回転機構に連動しているクランク機構に連結し、
D 更に押板及びパレットの所定位置を検出するスイッチを配設して、
E 半回転機構を駆動してパレットを下降し、この状態で単回転機構に基づき押板を往復動し、そして再度半回転機構を駆動してパレットを上昇するように構成した
F 自動麻雀卓における牌の移載・上昇装置。
4 被告は、遅くとも平成5年10月18日(原告が本件特許権の特許権者となった日)から平成10年3月28日(本件特許権の存続期間満了日)までに、別紙イ号物件目録添付のイ号図面に記載されている構造を有する牌の移載・上昇装置(以下「イ号物件」という。)を具備した自動麻雀卓を製造、販売した。
当事者間において、イ号物件の特定方法については、別紙イ号物件目録記載のとおり争いがあるが、それは部材の称呼方法のみであり、その客観的構造に関する実質的な争いはない。
イ号物件は、本件発明の構成要件A、C及びFを充足する(なおイ号物件が、構成要件Dを充足することについては、当初争いがなかったが、被告は、平成11年2月18日付準備書面において、イ号物件は構成要件Dを充足しないと自白を撤回した。これに対し、原告は、右自白の撤回は、時機に後れた攻撃防禦方法であるとして、被告の上記主張の却下を求めている。)。
(原告の請求)
原告は、イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するから、被告がイ号物件を具備する自動麻雀卓を製造、販売したことは、本件特許権を侵害する行為であったとして、損害賠償を請求している(なお、損害額は、特許法102条1項ないし3項による損害額の選択的主張をしている。)。
(争点)
1 構成要件B該当性
イ号物件は、構成要件Bの「クランク機構」を具備するか。
2 構成要件E該当性
イ号物件は、構成要件Eの「単回転機構に基づき押板を往復動」させる構成を具備するか。
3 構成要件D該当性
イ号物件は、構成要件Dの「押板及びパレットの所定位置を検出するスイッチを配設して」いる構成を具備するか。
4 故意又は過失
被告は平成5年10月18日の時点から、本件特許権を侵害するにつき故意又は過失があったか。
5 損害額
6 権利濫用等
被告は、イ号物件を具備する自動麻雀卓を製造、販売することについて、実施権を有しているか。又は、原告の請求は、権利濫用か。
第3争点に関する当事者の主張
1 争点1(構成要件B該当性)について
【原告の主張】
(1) 自動麻雀卓における押板の運動装置をどのように構成するかについて、本件発明は、回転運動を直線往復運動に転換する装置、すなわちクランク機構を採用し、単回転機構(一回転機構)に連動して直線往復運動をする機構に押板を連結して運動させる構成をとっている。
イ号物件の押板13に関する運動装置は、別紙イ号物件目録添付のイ号図面記載のとおりであり、単回転機構に連動して直線往復運動をする機構に押板13を連結して運動させる構成を具備している。この構成は、単回転機構だけで、それが一回転すればこれに連動して押板13の直線往復運動が行われる構成である。すなわち、単回転機構によってコロ21が円運動を行い、それと連動して横溝24と一体となった押板13が直線往復運動を行い、押板13は、クランク機構の典型的な作動曲線をたどりながら予め設定された速度で運動するのである。したがって、イ号物件においても、単回転運動に連動して直線往復運動をする機構が押板13に連結され運動しているのであるから、本件発明のクランク機構を具備している。
(2) 被告は、イ号物件の押板13に関する運動装置は、クランク機構ではなくカム機構であると主張する。
クランク機構とは、往復運動と回転運動とを互いに転換する装置(機構)であるのに対し、カム機構とは、主軸の回転を種々の運動に変える装置(機構)であり、主軸に固定され一体となって運動する回転体の外周縁を様々な形状に構成し、主軸を回転させながらその外周縁を利用して、従動軸に種々の運動を与える構成をとるのである(広辞苑二版補訂版651頁、456頁参照)。
ところで、自動麻雀卓の牌の移載装置において、移載に必要とされる運動は、押板による横方向の直線往復運動である。したがって、そこで必要とされる運動の仕組みは、回転運動を直線往復運動に転換する装置、すなわちクランク機構であって、カム機構のように軸の回転運動を様々な運動に変える装置でないことは明らかである。
(3) なお、イ号物件は、横溝24の後側障壁24bの中央の一部に切り欠き25を設け、さらにパレット2と滑り子15との間に戻しバネ19を装着している。
しかしながら、戻しバネ19を装着したイ号物件においても、押板13が、後退動作に入るや否や戻しバネ19の反発力により瞬時に最後退位置に押し戻され、装置の全体に強い衝撃が与えられるわけではない。押板13は、予め設定された速度で運動する単回転機構に連動して、単回転機構と同じ速度で後退動作を行っている。すなわち、戻しバネ19の反発力が、押板13の後退動作を促進する方向で働いていても、押板13の前進動作及び後退動作は、いずれも単回転機構を構成する回転運動を往復運動に転換する装置、すなわち、クランク機構によって実現されているのである。
イ号物件に戻しバネ19が装着されているのは、後側障壁24bに切り欠き25を設けたからである。すなわち、押板13が後退動作に入りコロ21が切り欠き25部分に到達すると、単回転機構に備わっている後退動力が押板13に作用しなくなるため、戻しバネ19を装着しその反発力により押板13に後退動作を行わせ、押板13の後退動力を補充しているのである。したがって、押板13に関する運動装置が、本件発明と別個の技術思想に基づく構成ということはできない。
また、イ号物件の切り欠き25は、組立、分解時における利便性のために設けられたものにすぎず、自動麻雀卓の牌の移載・上昇装置に、本件発明の作用・効果とは別の優れた作用・効果を加えるものではない。
(4) 被告は、イ号物件の押板13の往復動に用いられているカム機構には遊び部分が存在している点で、本件発明とは異なると主張する。
しかし、このような遊び部分は、コロ21の直径と横溝24の両側障壁(24a、24b)との間に間隙があれば当然生ずるものであり、このような事態は、本件発明の実施例においても生じる事態である。
本件発明が解決すべき課題があるとして指摘した特開昭53-19232号公開特許公報に開示された技術(以下「本件従来技術」という。)における遊び部分は、押板の往復運動機能にとって不可欠の構成要素であるが、被告がイ号物件において遊び部分として指摘する箇所は、押板13の運動機能とは全く無縁であり、押板13の往復運動に何らの作用ももたらさない。
(5) 被告は、イ号物件においては、遊び部分が存在することにより、押板13の往復動は、完全なサインカーブを描かず、一部サインカーブがとぎれる部分が存在すると主張する。
しかし、本件発明の実施例においても、完全なサインカーブを描くことはなく、イ号物件と同様に、押板の往復動が一時停止する間サインカーブが途切れることになるのであるから、このことを理由に、イ号物件が構成要件Bを充足しないということはできない。
(6) 被告は、イ号物件では、遊び部分が存在することにより、カム機構におけるストロークは、押板13のストロークの1/2よりも大きいと主張する。
確かに、イ号物件は切り欠き25を設けたことにより、押板13に関する運動機構のストロークは、押板13のストロークの1/2より後側障壁24bの厚さだけわずかに大きくなる。しかし、このことによって、いかなる意味も機能上の特徴も生じないから、このことを理由に、イ号物件が構成要件Bを充足しないということはできない。
【被告の主張】
(1) 本件発明においては、押板を往復動させる手段としてクランク機構が利用されているのに対し、イ号物件では、押板13を戻しバネ19の作用下に置くカム機構が利用されている。
ア クランク機構とカム機構は、共に回転運動を直線運動に変換する機構である点で共通するが、それぞれ異なる運動的特徴を有する。
クランク機構は、①連続動作であり、②一方の位置が決定すれば一義的に他方の位置が決まり、③主従関係を逆にしても動作するという、運動的特徴を有する。本件発明におけるクランク機構は、クランクロッド(連結棒)は有してはいないが、ピストン・クランク機構には変わりなく、この三つの特徴をすべて有するものである。
他方、カム機構は、周期運動を行う原節と、この原節から運動を伝達される従節とにおいて、互いの節と節の直接接触、つまり原節と従節の摩擦接触において従節側に限定運動(定められた運動)を行わせるものである。そして、カム機構は、①接触を保つために拘束が必要であり、②周期運動を行う原節と接触を絶つなどして、従節を断続動作にすることができ、③主従関係を逆にすると動作しないという特徴を有する。
以上のとおり、クランク機構とカム機構とは、回転運動を直線運動に代える手段としての技術事項が基本的に異なっている。
イ イ号物件における偏心転子21と溝24の位置関係は別紙プッシャースライド部動作図記載のとおりである。同図面において、偏心転子21は、①の位置から右回りに回転するが、この間にスライダー枠(前部障壁24aと後部障壁24bによって構成される枠のことをいう。以下同じ。)は、②~⑥の往復動をする。
スライダー枠の復動時(④~⑥)における後退は、偏心転子21ではなく、戻しバネ19の反発力により果たされ、偏心転子21は、後部障壁24bではなく前部障壁24aに接している。このようにスライダー枠の後退時に、偏心転子21が、前部障壁24aに接するのは、戻しバネ19の反発力によって急激に後退する不具合をなくし、他の機構との関連動作に支障を与えないようにするためであり、偏心転子21は、押板13の後退動作では制動部材として機能しているが、押板13を後退させるための積極的な駆動部材としては機能していないのである。
ウ また、偏心転子21が上記図面⑥~②へと移動する間は、スライダー枠は戻しバネ19により静止状態に保持・固定され、往復運動をしない。これは、ストッパー14aによって、押板13のそれ以上の後退が阻止されると同時に、戻しバネ19により前進も阻止されるからである。しかも偏心転子21の誘導部として、スライダー枠の後側障壁24bには大きな切り欠き25が設けられており、偏心転子21がスライダー枠の後側障壁24bに接することもない。したがって、この間は、偏心転子21の回転作用と、スライダー枠の往復動とは、追従関係が解消されている。
したがって、イ号物件の右構造は、偏心転子21が常時押板13と連結されていることが必要なクランク機構とは、技術思想的に全く異なるものである。
(2)ア 本件従来技術は、カムの半月状の遊び部分において、クランクピンによりテコバーを揺動して押板を駆動するため、押板に、往復動の始動時及び転向時に衝撃的な極めて大きな加速度が作用し、待機台からパレットに移載する際に2段積み牌をくずしてしまうことが多かったという欠点が存在した。本件発明は、この欠点を解決するために、クランク機構を採用して、押板をサインカーブによる滑らかな加速及び減速によって始動・転向し、2段積み牌をやさしく待機台からパレットに押出して2段積み牌をくずすことなく確実に移載できるようにしたのである。
また、本件従来技術が、パレット及び押板を一個のクランクピンで駆動していたため、大きなクランク半径を必要とし、装置が大型となっていたのに対し、本件発明では、パレット及び押板の駆動機構を個別に設けたために、クランク機構は、パレット及び押板のストロークの2分の1で足り、コンパクトに構成できるようになっている。
このことは、本件発明に関する審判請求理由補充書にも、本件発明の作用効果として、「パレット12は滑らかに加速及び減速すると共に正確な位置に位置決め・保持することができ、また押板13は2段積み牌をやさしく待機台10からパレットに押出すことができ、2段積み牌(山)崩れをなくすことができる。」、「クランク機構C1、C2は、パレット12及び押板13のストロークの1/2で足り、コンパクトに構成できる。」と記載されているところである。
以上の点からすれば、本件発明におけるクランク機構は、始動・転向時に衝撃的な加速度が作用してはならず、サインカーブによる滑らかな加速及び減速により始動・転向するものでなければならないと解されるとともに、クランク機構は、押板のストロークの1/2で足り、コンパクトに構成されているものと解される。
このことを図示したものが、別紙Aの図1、2、4及び6であり、図1は、回転角に対する、押板の移動量及び速度を算出するためのモデル図であり、rはクランク半径又はカム半径、ωは角速度であり、最後退位置を原点とする。なお、θ0は原点からのオフセット量を表すものとする。図2はクランク機構の運動図であり、クランク板の一回転に基づき、押板は原点位置から移動し、一回転して元に戻る。図4は、クランク機構の回転角に対する移動軌跡及び速度の関係を示したものである(なお、回転角に対する移動量及び速度は分かりやすいように正規化(割合)して表示している。図5ないし7も同様。)。押板の移動は初速度0から開始している。移動量は半径の2倍である(本件発明でいうストローク=1/2である)。また、死点付近の回転角に対する移動量は少ない。なお、図6は、半径を変えずに角速度のみを2倍、すなわちモータの回転数を2倍に変えたときの、クランク機構の運動特性を表したものである。この場合においても、クランク機構の初速は変わらず0であり、滑らかである。
イ これに対し、イ号物件では、本件従来技術同様、遊び部分が存在する。そして、遊び部分が存在することにより、押板13の往復動は完全なサインカーブを描かず、一部サインカーブのとぎれる部分が存在する。また、遊び部分が存在することにより、そのストロークは、押板のストロークの1/2よりも大きいものとなっている。
このことを図示したのが、別紙Aの図3、5及び7であり、図3はイ号物件の牌の移載装置に関するカム機構の運動図であり、θsは遊び部分の角度(77度)を示す。この図において、カム板18の一回転に基づき、偏心転子21は原点の約10度手前から、押板13は偏心転子21が38.5度に達したところから、それぞれ移動を開始する。そして、押板13は、321.5度に達したところで停止するが、偏心転子21は原点手前約10度の所までオーバーランして停止する。図5は、イ号物件の牌の移載装置に関するカム機構の回転角に対する移動軌跡及び速度の関係を示したものである。押板13の移動は、偏心転子21が38.5度(図中a)に達したところから開始し、このときの速度は最高速度の62パーセント(図中b)に達している。また、押板13の移動量は半径の2倍でなく、遊び部分(図中c)だけ少ない(ストローク≠1/2である)。なお、図7は、半径を変えずに角速度のみを2倍、すなわちモータの回転数を2倍に変えたときの、カム機構の運動特性を表したものであり、カム機構では、押板13の始動時の速度が2倍になっている。
以上のとおり、イ号物件におけるカム機構は、本件発明におけるクランク機構の要件を備えていないものである。なお、本件発明が、遊び機構のあるカム機構及びクランク機構を除外して、完全連鎖のピストン・クランク機構を採用することにより、特許登録されたことは、前記の出願経緯からも明らかであるから、原告が、遊び機構のあるカム機構も本件発明の技術範囲に属すると主張することは、禁反言の法理からしても許されない。
(3) また、イ号物件において、押板13の後退動作は戻しバネ19により果たされているから、その間、押板13とカム板18の連動は断たれており、後退動作中に押板13が停止する不具合が生じても、単回転機構側に無理な抵抗力の発生する事故を防止できるという作動上の利点がある。
また、カム板18が停止して押板13が後退位置に置かれている場合、押板13側はカム板18側に対し自由であって、押板13を手動操作により前進させることが可能であり、その手を離せば押板13は戻しバネ19により元の後退位置に復帰できるもので、修理や保守点検の作業に便利であるという取扱上の利点がある。
そして、イ号物件のこれらの利点は、押板13の駆動にクランク機構が用いられている本件発明では奏し得ないイ号物件独特の作用効果である。
(4) よって、イ号物件は、構成要件Bを充足しない。
2 争点2(構成要件E該当性)について
【原告の主張】
イ号物件の押板13の運動機構の構成は、争点1で主張したように、単回転機構だけで完成されているのであり、戻しバネ19の反発力は後退動作に本来不要である。
したがって、イ号物件は、構成要件Eを充足する。
【被告の主張】
本件発明においては押板が単回転機構に基づき往復動するに対し、イ号物件の押板13は単回転機構に基づき往動(押板13の前進動作)するだけであって、復動(後退動作)は戻しバネ19により果たされている。
したがって、イ号物件は構成要件Eを充足しない。
3 争点3(構成要件D該当性)について
【被告の主張】
本件発明は、単回転機構に基づき押板を往復動し、また半回転機構に基づきパレットを上下動するが、これら単回転機構及び半回転機構のタイミングを制御するためにスイッチ32、46を配設している。そして、本件明細書の記載からすれば、本件発明のスイッチ32及び46は、それぞれパレット及び押板の移動域上にあって、各移動位置を確認して次の動作への移行信号を発生するために設けられているものである。
これに対し、イ号物件は、パレットの下降位置、パレットの上昇位置、及び押板の後退位置を検出するスイッチをそれぞれ設け、パレットを下降し、下降位置を検出してスイッチの信号に基づき下降動作を終了するとともに、押板を往復動し、押板の後退位置を検出するスイッチの信号に基づき往復動作を終了するとともに、パレットを再度起動してパレットを上昇するように構成したものである。
したがって、イ号物件の制御手段は本件特許発明と異なるものであり、イ号物件は本件発明の「押板及びパレットの所定位置を検出するスイッチ」を有しないから、構成要件Dを充足しない。
【原告の主張】
被告は、本件訴訟の当初、本件発明とイ号物件のスイッチとは、前者は、スイッチの作動部材が押板とパレットであり、検出位置が押板の前進位置であるのに対し、後者は、スイッチの作動部材がカム板であり、検出位置が押板の後退位置であるという点で異なるが、両者は少なくとも、押板とパレットの動作位置を検出するスイッチを配設しているという点で同一であり、格別な作用効果上の相違が存在するとも認められないので、両者は実質的に同一であると主張していた。
被告の上記主張は、その基本において正鵠を得たものであり、イ号物件は、構成要件Dを充足する。
4 争点4(故意又は過失)について
【原告の主張】
被告は、故意又は過失により、イ号物件を具備する自動麻雀卓を製造、販売し、本件特許権を侵害した。
【被告の主張】
被告は、昭和54年9月14日、【C】及び株式会社高橋エンジニア事務所との間で、「麻雀における城壁牌自動組上げ装置」という名称の特許発明(特許第1066688号)について、特許実施許諾契約を締結し、イ号物件を具備する自動麻雀卓(当時はAM7901型のみ)を製造、販売するに至った。
しかし、昭和57年、被告と【C】間において、上記特許権の実施についてトラブルが発生し、両者間で訴訟となり、昭和58年6月24日、上記三者間において、【C】と高橋エンジニア事務所が、被告による全自動麻雀卓AM7901型本体の製造を認めることを内容とする和解が成立した。
したがって、右和解成立後、被告がイ号物件を製造することは適法となったのであって、その後、【C】が、本件特許権を勝川株式会社に譲渡し、さらに同社が原告に譲渡したとしても、被告は、本件特許権侵害の事実について、特許権者から指摘されるまでこれを知り得ず、また知らなかったことについて過失すらない。
被告が、原告の本件特許権侵害について過失があるとすれば、原告から平成8年4月3日付内容証明郵便による通知書を受け取った後である。
5 争点5(損害額)について
【原告の主張】
(1) 特許法102条1項による損害額について
ア 被告が平成5年10月18日から平成10年3月28日までにその製造に係るイ号物件を具備する全自動麻雀卓を他に販売譲渡した数量は次のとおりである。
平成5年10月18日から同6年3月31日まで
1606台
平成6年度(同年4月1日から翌年3月31日まで)
2870台
平成7年度 3495台
平成8年度 3850台
平成9年4月1日から同10年3月28日まで
2945台
合計 1万4766台
イ 上記期間における、原告の実施品の売上による1台当たりの利益額は、次のとおりである。
平成5年10月18日から同6年3月31日まで
1万5838円
平成6年度(同年4月1日から翌年3月31日まで)
1万3152円
平成7年度 2万1805円
平成8年度 2万4865円
平成9年4月1日から同10年3月28日まで
3万1114円
ウ したがって、上記各期間における、被告の譲渡数量に、原告の単位利益を乗じた額は次のとおりとなる。
平成5年10月18日から同6年3月31日まで
2543万5828円
平成6年度(同年4月1日から翌年3月31日まで)
3774万6240円
平成7年度 7620万8475円
平成8年度 9573万0250円
平成9年4月1日から同10年3月28日まで
9163万0730円
合計 4億1838万2253円
(2) 特許法102条2項による損害額について
被告は、平成5年10月18日から同10年3月28日までの間に前記のとおりイ号物件を具備する自動麻雀卓を合計1万4766台販売しているが、1台当たり平均販売単価は28万円であり、被告は、自動麻雀卓1台に当たり、平均販売単価の8パーセントに当たる2万2400円の利益を得ている。
(3) 特許法102条3項による損害額について
原告は、従前、【C】と発明の実施契約を締結しており、その平均実施料率は、自動麻雀卓の平均販売単価の6.47パーセントであり、総販売金額の6.19パーセントである。もっとも、この実施料率は、原告と【C】との信頼関係等の特殊事情が存在する結果の数字であるから、被告が原告に対し支払うべき本件発明の実施料相当額は、イ号物件を具備する自動麻雀卓の売上高に実施料率8パーセントを乗じることにより得られる金額と見るのが相当である。
【被告の主張】
(1) 特許法102条1項による損害額について
原告の損害は、被告の本件特許権侵害を根拠とするものであるから、被告の譲渡数量に乗ずべき原告の単位利益も、本件特許権部分の利益相当分に限るべきである。
(2) 特許法102条2項による損害額について
被告は、平成5年5月27日から同10年3月28日に、イ号物件を製造、販売したことによって得た利益はない(3644万0367円の欠損が生じている。)。
(3) 特許法102条3項による損害額について
本件発明の実施料相当額を算定するに当たり、売上高に乗ずべき実施料率は、基準率3パーセントに、以下のような諸点を考慮した利用率を乗じて決められるべきである。
ア 自動麻雀卓の全体の機能は、牌の収容、撹拌、2段積み形成、移載上昇の4つに分類されるところ、本件発明は、移載上昇の部分に関する発明にすぎない。そして、イ号物件は、各種の部位からなる自動麻雀卓の一部であり、自動麻雀卓について被告は多数の実用新案権を有しており、これを実施している。
イ 被告は、自動麻雀卓1台に、イ号物件を4個使用しており、自動麻雀卓1台当たりの製造原価は2万2531円であり、販売価格相当額は2万9290円にすぎない。
6 争点6(権利濫用等)について
【被告の主張】
前記4【被告の主張】記載のとおり、被告、【C】及び株式会社高橋エンジニア事務所とは、昭和58年6月24日、各自が自由に全自動麻雀卓AM7901型本体及び付属のサイコロボックスを製造することを認容し、この製造につき、互いに異議を申し立てない旨の裁判上の和解をした。なお、被告がこれまで製造、販売してきた全自動麻雀卓は、AM7901型とAM9401型の2種類であり、いずれもイ号物件を具備するものである。AM9401型は、上記和解当時、まだ存在しなかったため、和解の対象となっていないが、AM7901型と同じ構造であるから、上記和解の対象に当然含まれる。
ところが、【C】は、上記和解の成立で直接被告から特許実施料を請求する方法がなくなったため、被告が全自動麻雀卓の製造販売につき、(通常)実施権の登録をしていないことを奇貨とし、本件特許権を第三者に譲渡し、右譲受人を通じて、被告に自動麻雀卓の製造を中止させるか、実施料を受領することを考えた。そして、被告は、勝川株式会社から、平成5年6月17日付内容証明郵便をもって、自社が【C】から本件特許権を譲り受けたので、被告が現在製造中の全自動麻雀卓の製造を中止するよう警告する旨の通知を受けた。これに対し被告は、同年7月2日付内容証明郵便をもって、【C】に対し、勝川株式会社から警告書を受け取ったが、もし、被告が勝川株式会社から全自動麻雀卓の製造の差止め、損害賠償の請求を受けた場合、【C】に対し損害賠償を請求することになると通知したところ、勝川株式会社の主張は沙汰止みになった。
この事実経過からして、勝川株式会社の主張は、【C】と通じて、被告のイ号物件を具備する自動麻雀卓の製造を中止させ、あるいは再び特許権実施料を払わせようとの目論見であったことは明らかである。
被告が、昭和54年9月以来、イ号物件を具備する自動麻雀卓の製造、販売をしてきたことは、麻雀機器業界において公知の事実であった。そして、原告は、上記事実を知り、また、被告と【C】間の和解について説明を受けた上で、平成2年10月1日、【C】との間で本件特許権の通常実施権を取得したはずである。
原告は、平成5年5月28日、勝川株式会社から本件特許権を譲り受けているが、その後に前記勝川株式会社からの警告書が被告に対し送付されている。したがって、勝川株式会社の警告書送付は、原告が、これを承知し認めた上で、行われたと見るべきである。
以上によれば、原告は、【C】が被告に対しイ号物件を具備する自動麻雀卓の製造を承認していること、被告の製造権限を侵害することになると承知の上で、【C】、勝川株式会社と通じて、不当に被告のイ号物件を具備する自動麻雀卓を製造する権利を侵し、被告の営業活動を妨害せんとするため、本件請求をしているのである。
上記事情に照らせば、原告が、被告は本件特許権につき通常実施権の登録を得ていないと主張することは、信義則に反して許されず、また、原告の本件請求は、権利の濫用に当たり許されないというべきである。
【原告の主張】
被告が【C】と裁判上の和解をしたのは、本件特許権とは異なる特許権(「麻雀における城壁牌自動汲み上げ装置」特許第1066688号)に関してであるから、本件特許権とは無関係である。
また、被告は、本件特許権につき、専用ないし通常実施権の登録を経ていないのであるから、本件特許権の権利者であった【C】から、本件発明の実施につき許諾を得ていたとしても、そのことを原告に対し、対抗することはできない。
【C】及び勝川株式会社の被告に対する行為に、原告が加担していたとの事実は否認する。
第4争点に対する判断
1 争点1(構成要件B該当性)について
(1) 本件発明の特許請求の範囲の記載によれば、本件発明の構成要件Bは、牌を待機台からパレットに移載する押板を単回転機構に連動しているクランク機構に連結することが要件となっている。この記載からすれば、構成要件Bのクランク機構とは、単回転機構と押板との間に存在するものであることが分かるが、それ以上に、クランク機構がどのようなものであるのかは、特許請求の範囲の記載からは明らかでない。
(2) 証拠(甲1)によれば、本件明細書及び本件発明の特許出願の願書に添付された図面には、次の記載があることが認められる。
ア 従来技術として、本件従来技術の存在が指摘されており、具体的には、「モーターに連動されているクランクピンを、半月状の遊び部分を有するカムに係合し、該カムにバーを介して連結しているパレットを、クランクピンの回転に基づき下降すると共に、遊び部分に基づき下降位置にて休止し、更に、該遊び部分においてクランクピンに係合するようにテコバーを配置し、該テコバーをワイヤーを介して押板に連結して、パレットの下降休止位置にて、クランクピンに基づくテコバーの揺動により、ワイヤーを介して押板を一往復して、待機台よりパレットに牌を押出し・移載し、そして、該2段積み牌を載置したパレットをクランクピンの回転により天板上に上昇する装置」が挙げられている(1欄21行~2欄9行)。
イ 本件従来技術の欠点として、①パレット及び押板の移動タイミングを正確に合わせることが極めて困難で、確実に牌を待機台からパレットに移載し、天板上に上昇させることが不可能であること、②装置が大型化すること、③クランクピンが半月状の遊び部分を有するカムに係合することに起因し、パレットは、その下降位置からの始動時にかなりの加速度が作用し、パレットに載置された2段積み牌を崩してしまうおそれがあること、④半月状の遊び部分においてクランクピンによりテコバーを揺動して押板を駆動するため、押板は往復動の始動時及び転向時に衝撃的な極めて大きな加速度が作用し、待機台からパレットに移載する際に2段積み牌を崩してしまうことが多いことが指摘されている(2欄9行~3欄3行)。
ウ 本件発明の実施例には、牌の移載装置として、(第7図に示されるような)押板13及びクランク機構C2からなる押板装置Pが記載され、その具体的説明として、次の記載がある。
「押板13は滑り子44が案内棒43に摺動自在に嵌挿して、横方向往復動自在に支持されており、またクランク機構C2はスプロケット41に固定されたクランク腕42を有している。そして、案内棒43に装着されている滑り子44の下面には、案内棒に対して直角方向に設けられている横溝があって、これにクランク腕42の先端に遊嵌されたコロ42aが嵌っている。スプロケット41の1回転運動によって、滑り子44は案内棒43に添って1往復の往復運動を行なう。即ちこの運動によって、滑り子の上部に固着されている押板13が、待機台10上に既に所定数だけ配列2段積みとなって待機している待機配列45を、下降してきて停止しているパレット12上の1点鎖線の位置に移動させる。」(5欄10~25行)
エ 本件発明では、牌の上昇装置を構成するパレットも別のクランク機構に連結されているが(構成要件C)、本件発明の実施例には、その具体的説明として、次の記載がある。
「パレット12は第7図に示すように、クランク軸29とクランク機構C1で各2カ所づつ連結保持されていると共に、案内板31により上下方向往復動自在に支持されている。また、クランク機構C1はクランク11及びクランクロッド30よりなり、クランクロッド30の上端の回転軸でパレット12を支持しており、パレット12はクランク軸29の半回転運動によって、案内板31に誘導されて垂直に降下し、図中鎖線で示されている最下位置で停止する。」(4欄19~28行)
なお、第7図によれば、クランク11とクランクロッド30とは、回転自在に嵌合しているものと認められる。
オ 本件発明の効果としては、①パレット12及び押板13の移動タイミングを正確・確実にすることができること、②パレット12はクランク機構C1により上下動するので、上昇位置及び下降位置にて、加速及び減速が滑らかであるとともに、クランク軸29の回転角に対するパレット12の移動量が少なく、正確な位置に位置決め・保持することができること、③押板13はクランク機構C2により横往動するので、押板13はサインカーブによる滑らかな加速及び減速によって始動・転向し、2段積み牌をやさしく待機台10からパレット12に押出して2段積み牌を崩すことなく確実に移載できること、④以上効果が総合して、確実に、2段積み牌を待機台10からパレット12に移載し、さらに該2段積み牌を載置したパレット12を天板に整列することができ、簡単で小型の構成でありながら、従来度々生じていた2段積み牌(山)崩れをなくして、信頼性の高い自動麻雀卓を得ることができることが挙げられている(9欄23行~10欄15行)。
(3) 本件明細書に実施例として開示された牌の移載装置において、単回転機構の回転運動は、次のようにして、押板13に伝達・転換されていると認められる。
すなわち、単回転機構の回転運動は、回転運動を行うクランク腕42に伝達され、クランク腕42からクランク腕42に遊嵌されているコロ42aに伝達され、コロ42aから横溝を有している滑り子44及びそれと一体となっている押板13に伝達されるとともに、案内棒43により回転運動が直線往復運動に転換されている。このことからすると、上記一連の運動伝達・転換機構は、クランク腕42、コロ42a、滑り子及びそれと一体となっている押板13、並びに案内棒43によって構成されており、これらを運動伝達の機構における機能から見ると、クランク腕42が原節、コロ42aが媒介節、滑り子44及びそれと一体となっている押板13が従節、案内棒43が固定節に該当するものと認められる。
そして、一般に、クランクとは、「四節回転機構で、回転運動を行うリンク」のことを意味するが(「図説機械用語事典 増補版」実教出版株式会社)、上記実施例の運動伝達・転換機構は、クランク腕42、コロ42a、滑り子及びそれと一体となっている押板13、並びに案内棒43によって構成される四節回転機構であり、クランク腕42が上記一般的な意味におけるクランクに該当する。
もっとも、上記実施例には、「クランク機構C2はスプロケット41に固定されたクランク腕42を有している」との説明はあるものの、その他のコロ42a、滑り子及び押板13、案内棒43も、クランク機構C2に含まれるのかは、明示的に記載されていない。
ところで、特許明細書において用語は統一して使用することとされているところ(特許法施行規則24条、様式第29の備考8)、本件発明においては、牌の上昇装置に関する構成要件Cにもクランク機構という用語が用いられ、本件明細書に実施例として開示された牌の上昇装置において、半回転機構の回転運動は、クランク11からクランクロッド30へ、クランクロッド30からパレット12へと順次伝達されるとともに、案内板31により回転運動から直線運動に転換されているものと認められる。すなわち、同実施例においては、クランク11が一般的な意味におけるクランクに該当し、クランクロッド30が媒介節、案内板31が固定節となって、従節であるパレット12に半回転機構の運動が伝達・転換されている。そして、同実施例には、「クランク機構C1はクランク11及びクランクロッド30よりなり」と説明されていることからすると、本件発明の構成要件Cにおけるクランク機構とは、一般的な意味におけるクランクと媒介節からなるものと認められる。
そうすると、本件発明の構成要件Bにおけるクランク機構も同様に、一般的な意味におけるクランク(クランク腕42)と媒介節(コロ42a)からなるものと見るのが相当である。
(4)ア 部材の称呼方法を除いてイ号物件の構成として当事者間に争いがない別紙イ号物件目録によれば、イ号物件における牌の移載装置の運動伝達・転換機構は、モーター26、クランク軸20、クランク円板18、コロ21並びに横溝24、前側障壁24a及び後側障壁24bを設けた滑り子15、滑り子に固着された押板13、案内棒17並びに戻しバネ19によって構成されている(なお、部材の名称は、とりあえず原告のものに従うこととする。以下同じ。)。
そして、弁論の全趣旨によれば、これらの構成要素は、具体的には次のように運動の伝達・転換を行っていることが認められる。
(ア) モーター26が回転を開始すると、その回転運動はクランク軸20、クランク円板18に伝達され、クランク円板18に回転自在に取り付けられたコロ21に伝達される。
(イ) しかしながら、コロ21は静止状態において、滑り子15に設けられた横溝24の前側障壁24aに接していないため、コロ21がモーター26からの回転運動を伝達されても、当該運動は直ちに、滑り子15に伝達されない。そして、コロ21が原点より約38度回転すると、コロ21は前側障壁24aに接し、コロ21の回転運動が滑り子15と滑り子15に固着された押板13に伝達されるとともに、案内棒17によってコロ21の回転運動が直線運動に転換され、押板13は前進する。
(ウ) 押板13が前進するにつれて、戻しバネ19は圧縮される。
(エ) コロ21が180度回転したところで、押板13は最前部に達し、その後、押板13の後退が開始する。
(オ) 押板13の後退時においては、戻しバネ19の作用により、コロ21は、前側障壁24aに接しているが、コロ21が約320度回転したところで、押板13はストッパー14aにより制止する。その後、コロ21は、前側障壁24aを離れ、約350度回転したところで停止する。
イ 以上のイ号物件の運動伝達・転換機構からすると、イ号物件のクランク円板18、コロ21、滑り子15と押板13及び案内棒17は、四節回転機構を構成しており、クランク円板18が一般的な意味におけるクランクに該当し、コロ21が媒介節に該当し、滑り子15と押板13が従節に該当し、案内棒17が固定節に該当するものと認められる。
以上より、イ号物件の牌の移載装置に関する運動伝達・転換機構は、一般的な意味におけるクランクに該当するクランク円板18と、媒介節に該当するコロ21とを具備している。
(5)ア ところで、被告は、イ号物件における牌の移載装置の運動伝達・転換機構によっては、押板13はサインカーブによる滑らかな加速及び減速によって始動・転向せず、本件発明の効果を奏していないと主張する。
イ 本件明細書には、前記(2)オ記載のとおり、本件発明の効果として、押板13は「クランク機構C2により」横往動するので、押板13はサインカーブによる滑らかな加速及び減速によって始動・転向し、2段積み牌をやさしく待機台10からパレット12に押出して2段積み牌を崩すことなく確実に移載できると記載されている。もっとも、本件発明のそのような効果は、本件発明にいうクランク機構すなわち一般的な意味におけるクランクと媒介節のみによって奏されていると見ることはできず、前記実施例でいえば、クランク腕42、コロ42a、滑り子44、案内棒43が有機的に結合してそのような効果を奏していると見るべきである。したがって、上記「クランク機構C2により」とは、「クランク機構C2を構成要素とする運動伝達・転換機構を採用したことにより」という意味と理解するのが相当である。
そして、前記(2)ア、イ記載のとおり、本件発明の上記効果は、本件従来技術の欠点を解消するものと位置づけられていることに照らせば、本件発明の構成要件Bのクランク機構に該当するためには、上記効果を奏する運動伝達・転換機構を構成する、一般的な意味におけるクランクと媒介節でなければならないと解される。
ところで、本件明細書において、「押板13はサインカーブによる滑らかな加速及び減速によって始動・転向し、2段積み牌をやさしく待機台10からパレット12に押出して2段積み牌を崩すことなく確実に移載できる」と記載されているのは、本件従来技術との比較においてである。そして、本件従来技術において牌の移載装置は、半月状の遊び部分においてクランクピンによりテコバーを揺動して押板を駆動しており、甲5(本件従来技術である特開昭53-19232号の公開特許公報)に実施例として開示されている牌の移載機構は、別紙本件従来技術図面のようなものであるが、パイ押出し板21(押板)に連結されているワイヤー20の他方は、カムコロ18(クランクピン)とテコバー19とが接する個所よりも外側において、テコバー19に連結されているため、パイ押出し板21は、カムコロ18の垂直方向の動きよりも増幅された移動を示し、その結果、パイ押出し板21の移動速度は、カムコロ18の回転角度によって計算上導かれる速度よりも増幅したものになると考えられる。
このような従来技術を念頭に置いた場合、「押板及びサインカーブによる滑らかな加速及び減速によって始動、転向する」とは、押板の移動速度がクランクの回転角度から計算上導かれる速度を増幅したものを排除する趣旨と解するのが相当であり、クランクの回転角度のすべての位置においてその回転角度に対応した回転速度(完全なサインカーブ)を押板がとらなくても、押板が直線運動を行う場合に、その速度が、クランクの回転角度に応じた回転速度をとる場合(すなわち本件従来技術のように速度が増幅されない場合)には、原則として、上記効果を奏するものというべきである。もっとも、このように本件発明の効果を理解したとしても、現実の牌の移載装置において、押板が2段積み牌を崩してしまう場合には、本件発明の効果を奏していないものと解すべきである。
なお、このような本件発明の効果の把握は、乙18(本件発明の特許出願に対しなされた拒絶査定に対する審判において、【C】から提出された審判請求理由補充書)の記載とも矛盾するものではない。
ウ イ号物件は、前記(4)アのように、コロ21は静止状態において、滑り子15に設けられた横溝24の前側障壁24aに接していないため、コロ21がモーター26からの回転運動を伝達されても、当該運動は直ちに、滑り子15に伝達されないが、コロ21が原点より約38度回転すると、コロ21は前側障壁24aに接し、コロ21の回転運動が滑り子15と滑り子15に固着された押板13に伝達されるとともに、案内棒17によってコロ21の回転運動が直線運動に転換され、押板13は前進する。また、押板13の後退時においても、押板13がストッパー14aにより制止されるまで、コロ21は、前側障壁24aに接しており、押板13は、コロ21の回転角度に対応した回転速度をとることになる。このように、イ号物件においては、押板13が直線運動を行う場合、コロ21が前側障壁24aに接し、押板13は、コロ21の回転角度に対応した回転速度をとるのであるから、原則として、本件発明の効果を奏しているというべきである。
もっとも、被告は、押板13の始動時における速度は、コロ21の回転角度から数式上導かれる速度(最高速度の62パーセント)であると主張する。しかし、イ号物件においては、押板の加速はサインカーブに従うものであり、クランクピンが半月状の遊び部分を有するカムに係合する場合のように、速度が増幅されることはない上、初速度についても、イ号物件の運動伝達・転換機構を構成する案内棒17には戻しバネ19が装着されており、この戻しバネ19の抵抗により、押板13は、コロ21の回転角度から数式上導かれるほどの速度でもって始動していると直ちに認めることはできない。そして、自動麻雀卓において、2段積み牌を崩すことなく確実に卓上に移動できない場合には、実用的使用において致命的であると考えられるところ、被告は、イ号物件を具備する自動麻雀卓を、後記5(1)記載のとおり、相当数製造、販売していることが認められ、2段積牌を崩すという難点は見られないものと推認される。そして、イ号物件が、他に2段積み牌を崩さないようにするための構造や、いったん崩れた2段積み牌を積み直す構造を具備しているとも認められない。
以上のことを考え合わせれば、イ号物件においても、牌の移載装置に関する運動伝達・転換機構(具体的には、クランク円板18、コロ21、滑り子15と押板13及び案内棒)によって、押板13はサインカーブによる滑らかな加速及び減速によって始動・転向し、2段積み牌をやさしく待機台11からパレット12に押出して2段積み牌を崩すことなく確実に移載できるという、本件発明の効果を奏しているものと認められる。
したがって、そのような牌の移載装置に関する運動伝達・転換機構を構成するクランク円板18とコロ21とは、本件発明の構成要件Bのクランク機構に該当し、イ号物件は同構成要件を充足する。
(6)ア 被告は、イ号物件の牌の移載装置には、クランク機構ではなく、カム機構が使用されていると主張する。
しかしながら、そもそもカム機構とは、特殊な形をしたカムを運動させ、これに接触した従節に複雑な運動をさせる機構を意味する(「図説 機械用語辞典(増補版)」実教出版株式会社)。これに対し、イ号物件の牌の移載装置に関する運動伝達・転換機構において、クランク円板18は、クランク軸から所定距離離れた位置にコロ21を回転自在に取り付けている点に意味があるのであって、その外周縁は、クランク軸の運動伝達という点で何の作用も果たしていない。したがって、クランク円板18が一般的な意味におけるカムに該当するとは認められない。また、コロ21に着目してみても、コロ21と前側障壁24aとは接触しているが、クランク軸の運動伝達という点では、コロ21は、その外周縁の形状に意味があるのではなく、クランク円板18と滑り子15との間において、クランク円板18の回転運動を伝達するための仲立ちをしているという点に意味があるのであるから、コロ21が一般的な意味におけるカムに該当するとは認められない。
イ 被告は、イ号物件の牌の移載装置にカム機構が使用されている理由として、押板13の後退動作時にコロ21が駆動部材として機能していないと主張する。
しかし、機構とは、一つの部材を動かしたときにその動きに応じて他の部材が一定の拘束運動をする場合における、部材の組み合わせを意味するものと解されるから、ある運動伝達・転換機構において、どういう機構が用いられているかを判断するには、どの部材からどの部材に対して運動が伝達・転換されているかを検討すれば足り、その伝達・転換のために何が駆動源として用いられているかは問題にならないものと解される。イ号物件の牌の移載装置にはカム機構が使用されているとする被告の主張は、この意味からも失当である。なお、イ号物件の押板13の後退時において、コロ21と前側障壁24aの間には接触状態が維持されており、コロ21が移動しなければ、押板は後退しないから、押板の後退時においても押板13にはコロ21の運動が伝達されているというべきであり、コロ21が被告の主張する駆動部材として機能していないともいえない。
ウ 被告は、イ号物件の牌の移載装置にカム機構が使用されている理由として、コロ21が移動してもスライダー枠が移動しない場合があると主張する。
しかしながら、ある部材の運動の1周期中に、他の部材が動かない期間が存在しても、その期間が定まったものであれば、ある部材の運動に対して、他の部材は停止状態の維持という所定の拘束運動を行っているというべきである。そして、前記(4)(ア)記載のとおり、コロ21が移動してもスライダー枠が移動しない期間は定まったものであるから、そのこと故に、イ号物件の機構を構成する要素の技術的意味が変わるものとは認められない。
以上より、被告の上記主張は採用することができない。
エ 被告は、本件発明に関する審判請求理由補充書(乙18)の記載を理由に、本件発明のクランク機構は、押板のストロークの1/2で足り、コンパクトに構成されているのに対し、イ号物件の牌の移載装置に関する運動伝達・転換機構においては遊び部分が存在するため、そのストロークは、押板13のストロークの1/2よりも大きいと主張する。
しかしながら、乙18は、本件発明の構成要件AないしEによれば、「クランク機構C1、C2は、パレット12及び押し板13のストロークの1/2で足り、コンパクトに構成できる」という効果を奏するというにとどまり、その記載によっても、クランク機構のストロークが、押板のストロークの1/2よりも大きいものを、本件発明の技術的範囲から除外する意図があったとまでは認められない。
したがって、被告の上記主張は採用することができない。
オ 被告は、イ号物件には、独自の作動上の利点や取り扱い上の利点が存在すると主張するが、イ号物件が本件発明の構成要件を充足し(構成要件D及びEについては後述)、本件発明の効果を奏する以上、そのようなイ号物件独自の利点が存在したとしても、イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するものである。
したがって、被告の上記主張は採用することができない。
2 争点2(構成要件E該当性)について
被告は、イ号物件の押板13は単回転機構に基づき往動(押板13の前進動作)するだけであって、復動(後退動作)は戻しバネ19により果たされていると主張する。
しかし、既に判示したとおり、イ号物件においては、押板13の後退時にも、コロ21と前側障壁24aとの接触状態が維持されており、コロ21が移動しなければ、押板13は後退しないから、押板13にはコロ21の運動、ひいては単回転機構の回転運動が伝達されているものと認められる。
したがって、イ号物件においては、単回転機構の回転運動が伝達・転換されて押板13が往復動しているのであって、「単回転機構に基づき押板を往復動」しているというべきである。
したがって、イ号物件は本件発明の構成要件Eを充足する。
3 争点3(構成要件D該当性)について
(1) 被告は、当初、イ号物件が本件発明の構成要件Dを充足することについて自白していたので、この自白が真実に反するものであって、かつ錯誤に基づくものであるかどうかを検討する。なお、原告は、時機に後れた攻撃防御方法であるとして、被告の本争点に関する主張の却下を求めているが、被告のこの主張により訴訟の完結が遅延したものとは認められないので、却下はしないこととする。
(2) 被告の主張は、要するに、本件発明の構成要件Dの「押板及びパレットの所定位置を検出するスイッチ」を、本件明細書の実施例として記載されているスイッチ32及び46のように、パレット及び押板の移動域上にあって、各移動位置を確認して次の動作の移行信号を発生するものに限定すべきというものである。
証拠(甲1)によれば、本件発明のスイッチは、単回転機構及び半回転機構の作動タイミングを制御するために設けられているものであると認められるが、本件明細書の特許請求の範囲には、「押板及びパレットの所定位置を検出するスイッチを配置して」としか記載されていないことからすれば、そのようなタイミングを制御するために、「押板及びパレットの所定位置を検出するスイッチ」が配置されていれば、本件発明の構成要件Dを充足するというべきであり、本件明細書の実施例にすぎない記載を根拠として、被告のように限定して解釈しなければならない理由はない。
そして、被告の主張によっても、イ号物件においては、単回転機構及び半回転機構の作動タイミングを制御するために、押板13の後退位置及びパレット12の下降位置と上昇位置を検出するスイッチが配置されているのであるから、イ号物件が本件発明の構成要件Dを充足しないとは認められない。
したがって、被告の上記自白は、真実に反するとは認められないので、被告の上記自白の撤回は認められない。
4 争点4(故意又は過失)について
(1) 既に判示したところ及び後記6の記載から明らかなように、被告がイ号物件を具備する自動麻雀卓を製造、販売したことは、原告の本件特許権を侵害する行為であるが、本件全証拠によっても、被告がイ号物件を具備する自動麻雀卓を製造、販売するに当たり、本件特許権を故意に侵害したとは認められない。
しかしながら、被告は、その侵害の行為について過失があったものと推定される(特許法103条)。
(2) そこで、この推定が覆るかどうかを検討するに、証拠(甲1、乙1、8、11、24、25)と弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 【C】は、昭和52年9月6日、「麻雀ににおける城壁牌自動組み上げ装置」に関する発明の特許出願をし、同出願は、昭和56年9月30日登録された(特許第1066688号。以下「別発明」という。)。
イ 被告は、昭和54年9月14日、【C】及び株式会社高橋エンジニア事務所との間で、別発明について、特許実施許諾契約を締結し、イ号物件を具備する自動麻雀卓(当時はAM7901型のみ)を製造、販売し始めた。
ウ ところが、被告は、昭和58年2月2日、【C】に対し、別発明は、被告が有する特許発明(特許第1031357号、発明の名称「自動麻雀卓における牌の洗牌整列装置」。以下「被告特許」という。)の利用発明であって、しかも、上記自動麻雀卓は、被告特許の技術的範囲に属するものの、別発明の技術的範囲に属さないから、ア記載の契約は、錯誤無効であり、被告は【C】に対し何ら実施料の支払はしないと通知した。
エ そして、被告は、昭和58年4月29日及び同年6月6日、【C】と株式会社高橋エンジニア事務所を相手取り、実施料支払債務不存在確認訴訟等(東京地方裁判所昭和58年(ワ)第4402号、5737号)を提起したが、同年6月24日、次の内容を含む訴訟上の和解が成立した。
(ア) 被告、【C】及び株式会社高橋エンジニア事務書間のア記載の特許実施契約については、本日をもって合意解約する。
(イ) 被告と【C】及び株式会社高橋エンジニア事務所は、本日以後、各自が自由に全自動麻雀卓AM7901型本体及び付属のサイコロボックスを製造すること認容し、この製造につき互いに異議を申し立てない。但し、第三者の製造については、この限りではない。
オ ところで、【C】は、昭和58年ころ、特願昭53-34885号の特許出願から、本件発明を分割出願し、本件発明は、平成2年8月24日登録されたが、同人は、平成5年3月29日、勝川株式会社に対し、本件特許権を譲渡し、同年5月24日、その旨の登録がなされた。
カ 勝川株式会社は、同年5月28日、原告に対し、本件特許権を譲渡し、同年10月18日、その旨の登録がなされた。
キ 勝川株式会社は、同年6月17日、被告に対し、被告が製造、販売している自動麻雀卓は、本件特許権を侵害しているので、その製造、販売を停止するようにとの警告書を送付した。
ク 被告は、同年7月2日、【C】に対し、被告の製品が勝川株式会社が取得した特許権を侵害することになり、製造差止め、損害賠償を請求されることになった場合には、【C】に対し一切の損害について賠償を求めることになると通知した。
ケ その後、勝川株式会社からは、何ら権利行使されることはなかった。
コ 原告は、平成8年4月3日、被告が製造、販売する自動麻雀卓は、本件特許権を侵害するので、その製造、販売を中止するよう通知した。
(3) 以上の事実からすれば、前記エ記載の和解により、被告は、【C】との間において、被告がイ号物件を具備する自動麻雀卓を製造、販売することについて、【C】が容認するという意味における許諾を受けていたと認められる。
しかしながら、右許諾は、【C】との人的関係において有効となるにすぎない許諾であるところ、被告は、遅くとも、平成5年6月17日ころ、勝川株式会社からの警告書を受け取ることにより、本件特許権が、【C】から勝川株式会社に譲渡されたことを認識したものと認められる。そして、その後、勝川株式会社から被告に対し、本件特許権に基づく権利行使はなかったものの、それは、被告が、【C】を通じて、勝川株式会社の権利行使を、事実上阻止したからにすぎないものと認められる。
そうすると、被告は、平成5年6月17日以降、本件特許権が【C】から第三者に譲渡されたことを認識しつつ、当該第三者との間において、本件発明の実施をすることについて許諾を得ておらず、そのことは被告も認識していたと推認されるから、被告が、本件特許権が勝川株式会社から原告に譲渡されたこと自体を知らなかったとしても、同年10月18日以降、イ号物件を具備する自動麻雀卓を製造、販売することによって、本件特許権を侵害したことにつき、過失がなかったと認めることはできない。
(4) 以上より、被告は本件特許権を侵害したことについて過失があったものと推定され、その推定は覆らないものというべきである。
5 争点5(損害額)について
(1) 特許法102条1項によって推定される損害額について
ア 証拠(甲7の1と2)と弁論の全趣旨によれば、被告が、平成5年10月18日から平成10年3月28日までに、販売したイ号物件を具備する全自動麻雀卓の台数は、次のとおりであったことが認められる。
平成5年10月18日から同6年3月31日まで
1606台
平成6年度(同年4月1日から翌年3月31日まで。以下同様)
2870台
平成7年度 3495台
平成8年度 3850台
平成9年4月1日から同10年3月28日まで
2953台
イ 証拠(甲13)と弁論の全趣旨によれば、上記期間において、原告は、本件発明の実施品を具備した全自動麻雀卓を製造し、販売していたところ、その売上による1台当たりの利益額(売上高から製造原価のほか製造経費及び販売管理費を控除したもの)は、次のとおりであったことが認められる。
平成5年10月18日から同6年3月31日まで
1万5838円
平成6年度 1万3152円
平成7年度 2万1805円
平成8年度 2万4865円
平成9年4月1日から同10年3月28日まで
3万1114円
ウ ところで、前記イ記載の利益は、全自動麻雀卓全体の販売による利益であるところ、本件発明は、自動麻雀卓における牌の移載・上昇装置に関する発明であって、証拠(甲5、乙2)と弁論の全趣旨によれば、全自動麻雀卓においては、そのほかにも牌の収容、撹拌、二段積み形成等種々の技術が集積していると考えられることからすると、特許法102条1項の「特許権者・・・・がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」は、前記イ記載の利益額に、25パーセントを乗じた額と見るのが相当である。
したがって、その具体的な額は、次のとおりとなる。
平成5年10月18日から同6年3月31日まで
3959円
平成6年度 3288円
平成7年度 5451円
平成8年度 6216円
平成9年4月1日から同10年3月28日まで
7778円
エ 以上より、上記各期間における、被告の譲渡数量に、ウ記載の利益の額を乗じた額は次のとおりとなる。
平成5年10月18日から同6年3月31日まで
635万8154円
平成6年度 943万6560円
平成7年度 1905万1245円
平成8年度 2393万1600円
平成9年4月1日から同10年3月28日まで
2296万8434円
合計 8174万5993円
オ したがって、8174万5993円が、特許法102条1項により原告の損害額と推定される額となる。
(2) 特許法102条2項によって推定される損害額について
ア 証拠(甲7の1と2)と弁論の全趣旨によれば、被告は、平成5年10月18日から平成10年3月28日までに、イ号物件を具備する全自動麻雀卓を販売したことにより、次のとおりの売上を得たことが認められる。
平成5年10月18日から同6年3月31日まで
3億9441万3138円
平成6年度 7億0494万4916円
平成7年度 8億6680万3321円
平成8年度 9億6224万4500円
平成9年4月1日から同10年3月28日まで
7億9950万1052円
合計 37億2790万6927円
イ 証拠(甲8の1ないし5)によれば、平成5年4月1日から平成10年3月31日における、被告の自動麻雀卓部門全体における売上高は、57億7874万9018円であり、製造原価は、売上高の83.32パーセントに相当する48億1491万0083円であり、一般管理は、売上高の17.31パーセントに相当する10億0027万9302円であって、営業利益は、3644万0367円の欠損であったと認められる。
ウ ところで、特許法102条2項は、特許権を侵害した者が「その侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額」を特許権者の受けた損害額と推定すると定めているが、ここにいう「利益の額」とは、特許権侵害行為と因果関係のある利益額を意味し、侵害品の売上高から控除すべき費用の額は、当該侵害行為によって増加したと認められる費用の額を意味すると解するのが相当である。
証拠(甲7の1と2)によれば、平成5年4月1日から平成10年3月31日における、被告によるイ号物件を具備する自動麻雀卓の売上高は、42億1260万9159円であって、被告の自動麻雀卓部門における売上高の約73パーセントを占めていたと認められる。そうすると、前記「利益の額」を算定するに当たって、売上高から控除すべき費用の額は、イ号物件を具備する全自動麻雀卓の売上高に対し、自動麻雀卓部門全体における売上高に対する製造原価割合と一般管理費割合を合計した割合を乗じることにより得られる額と見るのが相当である。
したがって、イ号物件を具備する全自動麻雀卓の売上高から控除すべき費用の額は、37億5139万2740円となる。
3,727,906,927×(0.8332+0.1731)=3,751,392,740
エ 以上より、イ号物件を具備する全自動麻雀卓の売上高から費用の額を控除すると、2348万5813円の欠損となるから、結局、特許法102条2項により推定される原告の損害額は0円となる。
(3) 特許法102条3項による損害額について
証拠(甲10の2と3)によれば、原告は、平成2年10月1日、当時本件特許権の特許権者であった【C】と、本件特許権の通常実施許諾契約を締結し、その実施料は、同日から平成3年9月30日までは、実販売台数1台当たり1万2500円であり、同年10月1日からは実販売台数1台当たり7000円であったことが認められる(なお甲10の1は、本件特許権とは異なる特許発明に係る通常実施許諾契約の契約書であると認められる。)。
しかし、証拠(甲10の2)によれば、上記契約においては、【C】が、本件特許権の実施を原告以外の第三者に許諾するときは、原告の同意を必要とすることとされており(なお、契約書中「乙の特許権の実施」とあるのは、「この特許権の実施」の誤記であると認める。)、原告の通常実施権は、一般的な通常実施権と比較すると、独占的通常実施権に近い性質を有していたと認められる。
そうすると、特許法102条3項の実施料相当額を算定するに当たり、上記契約実例に従うことは相当でない。
そして、前記のとおり、自動麻雀卓においては、本件発明のように牌の移載・上昇装置に係る発明以外の種々の技術が集積しているものであること、その他本件訴訟において明らかとなった一切の事情を勘案すれば、被告がイ号物件を具備する自動麻雀卓を製造、販売したことにより、原告に対し支払うべき実施料相当額は、イ号物件を具備する自動麻雀卓の売上高に対して1.5パーセントを乗じることによって得られる金額と見るのが相当である。
前記(2)ア記載のとおり、被告は、平成5年10月18日から平成10年3月28日までに、イ号物件を具備する全自動麻雀卓を販売することにより、合計金37億2790万6927円の売上を得たことが認められるから、実施料相当額は5591万8603円となる。
(4) 前記(1)、(2)及び(3)に基づく損害額の主張は、選択的主張であるから、結局、本件訴訟において、認容すべき原告の損害額(元本)は、8174万5993円となる。
6 争点6(権利濫用)について
被告は、被告が本件特許権につき通常実施権の登録を得ていないという原告の主張は、信義則に反して許されず、また、原告の本件請求は、権利の濫用に当り許されないというべきであると主張し、その理由として、「原告は、【C】が被告に対しイ号物件を具備する自動麻雀卓の製造を承認していること、被告の製造権限を侵害することになると承知の上で、【C】、勝川株式会社と通じて、不当に被告のイ号物件を具備する自動麻雀卓を製造する権利を侵し、被告の営業活動を妨害せんとするため、本件請求をしている」と主張するが、本件全証拠によるも、そのような事実を認めることはできない。
したがって、被告の上記主張は採用することができない。
7 結論
以上より、原告の請求は、損害賠償として金8174万5993円及び内金635万8154円については平成6年4月1日から、内金943万6560円については平成7年4月1日から、内金1905万1245円については平成8年4月1日から、内金2393万1600円については平成9年4月1日から、内金2296万8434円については平成10年4月1日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
イ号物件目録
下記説明及びイ号図面によって特定される牌の移載・上昇装置(部材の名称については、当事者間に争いがあるが、原告の称呼方法に従い記載し、被告がその称呼方法を争っている場合には、その対案を【 】内に記載することとする。)
記
1 パレットの駆動部
クランクロッド【作動杆】3の両端部には回転軸【連結軸】5、【偏心軸】6が設置され、回転軸【連結軸】5はパレット2に連結してパレット2を支持し、回転軸【偏心軸】6は、クランク軸【駆動軸】7と同軸に固定されたクランク(円板)【回転板】4に固着されて、パレット2は上下方向往復動自在になっている。
クランク(円板)【回転板】4にはこれと同軸に固定されたリミット円板【カム円板】8があり、スイッチ(A)9とスイッチ(B)10とは、それぞれパレット2の最上昇位置及び最下降位置を検出するためリミット円板【カム円板】8と連動している。
2 押板の駆動部
押板13は滑り子【摺動台】15の上部に固着され、滑り子【摺動台】15は案内棒【支軸】17に嵌挿している。
滑り子【摺動台】15の側面には案内棒【支軸】17に対して直角方向に横溝【溝】24が設けられ、横溝【溝】24にはクランク円板【カム板】18に回転自在に取り付けられたコロ【偏心転子】21が装着されている。
コロ【偏心転子】21が装着された横溝【溝】24の両端にはパレット2に向かって前側障壁【前部障壁】24aと後側障壁【後部障壁】24bとがあり、後側障壁【後部障壁】24bの中央部は切り欠かれて切り欠き【遊動部(切り欠き)】25を形成している。
案内棒【支軸】17には、パレット2と滑り子【摺動台】15との間に戻しバネ19が装着されている。
スイッチ22は押板13の最後退位置を検出する。
3 イ号図面記載の番号の説明
1 天板
2 パレット
3 クランクロッド【作動杆】
4 クランク円板【回転板】
5 回転軸【連結軸】
6 回転軸【偏心軸(偏心ピン)】
7 クランク軸【駆動軸】
8 リミット円板【カム円板】
9 スイッチ(A)
10 スイッチ(B)
11 待機台
12 搬送ベルトコンベアー
13 押板
14 案内棒固定ケース【固定枠】
14a 【立上り部(ストッパー)】
15 滑り子【摺動台】
16 スラスト ベアリング
17 案内棒【支軸】
18 クランク円板【カム板】
19 戻しバネ
20 クランク軸【駆動軸】
21 コロ【偏心転子】
22 スイッチ
23 取付台
24 横溝【溝】
24a 前側障壁【前部障壁】
24b 後側障壁【後部障壁】
25 切り欠き【遊動部(切り欠き)】
26 モーター
別紙イ号図面
別紙プッシャースライド部 動作図
別紙A
別紙本件従来技術図面